むりむりカタツムリ

着地点がわからなくなった理系大学生

お風呂な殺人事件

同居人のいない生活をしてると他人に部屋を見られることがないので

部屋なんかいつも散らかっていて醤油やらマヨネーズの調味料や、はたまた

ドライヤーや髭剃りなどの生活必需品が本来枕の下にあるべきはずでないものまで

なんら規則性がないように置かれていると思われるものでも、自分にとってはだいたい醤油は

あの辺にあるだろうと探してみるとぴたりと当たるものなのである。

そんな普段からだらしない私であるが、自炊はよくするので洗い物が

そこそこある。さすがにこの私でも一回使った皿を洗いもせずに

食べ物を乗っけて食べるのはいかがなものかと思った。手をいちいち濡らしてまで洗い、飯なんか食いたくない。が、腹が減って動けぬ。洗おうか。いや、死んでも洗うまい。と10分近く考えてる自分を客観的にに見るとなんだか突発的に悲しくなってきたのでいい方法を探してみた。

「そんな悩んでいる暇があれば早く洗えよ!!!」

と、これを読んでいる人は思うかもしれないが全くその通りである。

また、10分近く考え込んで出た結果

「風呂場で食器を洗えばいいんや!!!!!」

という天才的な発想が思い浮かんだ。しかしこの後これが自分に不幸がもたらすなど知る由もなかった。

 

服を全部脱ぎシャンプーをしたあと、全身を洗った。

体がすべて濡れている状態なので、スポンジに洗剤を付けて食器を洗うという行為自体にめんどくさを感じなかったのでやはり私は天才なのかもしれないと心の中で思いルンルン気分で食器を洗った。

その時洗っていたのは、ビーフシチューを食べた時使った丸く、比較的大きなガラス製のお皿だった。左手でお皿を抑え、右手でスポンジを持ち、立った状態で洗っていた。

しかし、その時、お皿がばりんと割れ、右手と左手で交互に動かしていた運動は

私の鈍い反射神経を凌駕し、左手で持っていたお皿の破片は私のお腹あたりを

ぶすっとさした。

刺さった瞬間私は

「いってっっっっっっててててぇぇぇぇぇぇえっぇ!!!!!!!卍卍卍卍」

藤原竜也も顔負けする声のトーンと演技で(もはや演技ではない)

無慈悲にも狭いユニットバスに鈍い声が響き渡った。

お腹からはだぼだぼとしたたかな真っ赤な血が流れだし、もはやパニックになった。

今まで見たこともない量の血と、浴槽には散らばったガラス破片、勢いよく出るシャワーに私はどうすればいいかわからなくなった。

かろうじて、部屋に戻りタオルで止血をする。

かなりの血を短期間で見てしまったことと、血不足で貧血気味になった私は

救急車を呼ぼうと思ったのだが、こんな間抜けな理由で呼ぶのも相手にも悪いし

なにしろ恥ずかしかったため裸のままべしゃべしゃになった体と

真っ白なタオルが真っ赤になっていく様を見て、俺の人生儚ぇなぁと思いながら

そのまま一時間くらい意識を失っていた。

 

※※※

 

一カ月たった今、その傷はかなりよくなった。

2cm程度の三ヶ月状の白い傷は当時の阿呆な私のいい紋章となり

部屋はどんなに散らかっていても絶対に皿だけはちゃんと洗うことにしていたのだが...

実験で使う三角定規の先の部分を足の親指の付け根に思いっきりぶっ刺し今日一日中転げまわっていた。

 

もう血を見るのはこりごりだ。部屋の汚い皆さん。

次はあなたの番かもしれません。どうかお気を付けて。。。

 

22歳なので今後のことを考えてみた

大学を卒業をする。いい会社に就職する。結婚して子供が生まれる。

定年まで働いた会社を退職。人間はこの先の人生に思いを馳せ続ける。

そして死ぬ。

誰もが一度は思い描く人の人生観、生き方。迫る迫る冠婚葬祭。

それまでにはいろんなストーリーがあって、今この1秒ですら愛おしくなる。

 

よく就職活動で、自分の人生を振り返ってみよう。なんていう項目がある。

「どんな時に嬉しいと感じたか」「今まで一番頑張ったこと」とか。

自分が生まれて22年と4ヶ月を振り返る。その間、約8100日。

 

大人になるにつれて、自分が楽しいと思うようなこと、美味しいと思うもの、

昔では考えれらなかった、もしくは考えようとしなかった選択肢

かなりたくさん変わった。それだけ生きてきたのだと感じた。

 

仕事ってなんだ?お金をもらうこと?生きていくこと?何かに属すること?

自分を高めるもの?社会的地位を他人にひけらかすもの?感謝されること?

人を幸せにすること?結婚相手を見つけるもの?

きっと答えはない。生きている限り、人は人生を歩き続ける。人生を紡ぐ。

 

就活のコンテンツは闇が深い。誰もが不安になる。

行きたい業界もある。生きたい会社もある。

だけど、私にとってのベストなところかはわからない。

だって同じような会社たくさんあるんだもん。唯一無二なんて会社は一つもない

仕事をすると、自分の趣味はそっちのけで仕事以外を考えなくなる?

そんなの嫌だ、プライベートだって充実したい

みんなが仕事に求めるものは?

そこそこの給料?出会い?生活のメリハリ?福利厚生?

人それぞれどこにフォーカスを置くかは違うけど、

きっと大多数の人は人生のQOLを高めれる仕事こそ至高と考えているだろう

 

わたしは?肝心な自分がわからない。

結婚したい、お金が欲しい、いい人と出会いたい、美味しいもの食べたいetc...

これら全てを叶えるために、仕事という手段を取るのが最善策だから仕事をしよう

就活をしようと考えているのか?うーーーん。

 

でもこれだけは言える。

自分は病気を通して、他人の弱みを理解できる。

相手の立場に立って物事を考えることができる。

え?そんなのみんなできるだろって?確かにね。

でも、できない人って多いんだよ。こんなの出来て当たり前かもしれないけどね

正直、病気になってデメリットの方が圧倒的に多いよ。

たくさん苦労したしね、死にたいとも何回も思ったし。

でも、一歩後ろに立って、世界を俯瞰的に見てみると、

メリットがあったのね。相手のことを考えて尊敬できるって。

これは最近になって気づいたことで、こんなの当たり前のことだけど

私はできる側にいるんだなって気づいた。

 

じゃあ、それを通して福祉業界で働けばいいじゃん?

人手が足りないし、社会貢献できるよ?

確かにそうね、一つの選択肢にはあるよ。でもまだわからないよ。

 

今後の人生何が起こるかわからない。楽しいこと悲しいことたくさんあるかも。

その中で自分の軸を見つけるのなんて難しすぎるよ。

世界はめまぐるしく回っていてきっと自分にしかできる仕事なんてないんだ。

自分が生きていても死んでも世界は忙しいのだ。

私に構ってる時間なんてない。だけど死にたいとも今は思わない。

結局この先わからないことだらけなんだ。

でも、それでも、自分の「核」となるものを探し出すために人は生きて行く。

自分らしい場所を見つけるために人間は模索しながら生きて行くのだ。

 

探しているのは

 友達が面白半分で大手マッチングアプリに登録していたので登録してみた

登録を進めて見ると、自分の身長や体重、仕事のことや相手に求める条件まで

詳細に書く欄があった。求める相手はどうやら異性で確定らしい。

私はホモではないので特に気にしないが、ホモやレズの方は

ブチキレるのではなかろーか、ジェンダーの方に失礼極まりない

早速女性のプロフィールをみているとそこには、

華やかな服を着たり、楽しそうに友達と写っている、女性らしい女の人が。

女性が男性に求める年収やタイプ、びっくりしたのがfacebookの友達の数や

もともとの交際歴まで事細かに書いているのである

facebookの友達が多かろうが少なかろうがどうでもよくない?

友達の数で相手を判断するの?判断材料になり得なくない?

相手が交際歴多かったらダメなの?その分いい人とめぐり合わせてきたってことじゃん

初めてだったら相手を処女として見るの?処女だからなんなの?

相手はこちらをみているようでみていない。

仮想空間でどこの誰だかわからない人と少しのお見合いをしてる気分だった。

 

結局いい人は見つからなかった、まず本当に実在してるかわからないしネ

性別を女に変えてやり直したところ、どの男性も身長が高くてイケメンだった。

こっちの方がマッチングアプリとしてではなくエンタメとして楽しめるんじゃないのかなーと友達とゲラゲラ話していました。

 

結局は相手の顔や年収、身長や体重などの数字でしかマッチングアプリでの

判断材料になり得ない。

「人間は顔じゃなくて中身だよ!!!」

という女性はいるが、結局は男だって、相手をうわべだけでしか判断できないのである

 

もっと、こう、、、動画撮るとか!?笑 

もっといい方法あるんじゃないのかなぁ

時代が変わってSNSで恋愛を求める人も多くなったけど、

私は男女異性関係なく「合うならどっちでもいい」と思う。

それは性的な意味ではなくて。

男女の友情は存在すると思う、女性をみんな女としてみる男は

相手を尊敬しているわけではない。ミソジニーが定着してるいるんだ

 

 

激辛!?教師だらけのいじめ問題!!!ポロリもあるよ

私は高校までの時代、基本的に先生を好きになったことは一度もないし、

無論尊敬したこともない。先生も同様、私のことが好きでなかったように

双方の意嚮も一致していた。

私が中学校でいじめられて苦しんでいる時も先生は、何もしなかった。

大々的にいじめられているわけではなかったので、殴られたり蹴られりするようなものではなくひたすら陰口を言われたり、筆箱を女子に捨てられたりしたくらいだ。

当時は、自分の病気のことと家族問題、学校の居心地の悪さにいつも胸騒ぎがして、

生きているのにどこか宙ぶらりんな状態であった。

自分における社会、家族、学校での立ち位置はいつも私を苦しめた。

先日、実家に帰って部屋を片付けていた時、修学旅行の写真を見つけた。

当時は行くのが嫌で嫌で仕方なぁーなんて当時を振り返っていると

なんとも中学生には見えない疲れた表情の私がいた。笑う。

 

***

 

あまりにも人生に嫌気がさしたので、当時の先生に相談した時がある。

「先生、学校にも家にも自分の場所がないんです。毎日苦痛です。このままだと頭がバグりそうです。」

「そんなの僕に言われても知らないよ。君はもっと自分のことを理解したほうがいいね」

さて、この当時の私の表情や、言動で私が苦痛であり、助けてほしいと思っていたこと。それを当時の教員は気づかなかったのだろうか?

答えは、ノーだ。絶対に気づいていたはずだ。

先生という立場上、自分の教え子をいい方向に導くのが教員の仕事のはずなのに彼らは何もしなかった。何かしようとしたけど、何をすればいいかわからなかったのよ。みたいな答えはナンセンスだ。公務員である立場、普通に仕事をしていれば金がもらえる。一人の生徒を助けたところで、感謝されるかわからないし、むしろ嫌われるかもしれない。面倒な仕事はお断りだ。ってのがあっちの言い分だろう。

先生になんて教員免許があれば誰にだってできる。そこに偏差値は必要がないし、無論信念や志なんてものは紛い物にすぎない。

 

今回の、「激辛カレー事件」がいい例だろう。

きっと彼らは、謹慎期間を終えたら何食わぬ顔で生徒に授業をし始めるのだ。

どの道のスペシャリストでもないくせに、全てがわかってるような顔して。

 

義務教育が終わるまでの期間、生徒にとって学校がすべてのテリトリーであり中心であると思われるだろう。彼らには相談できる、親身になって話を聞いてくれる人たちが必要だし今後生きて行く上での糧になることは必然である。

日本において、問題を抱えた生徒や困んでる人はたくさんいる。それは私たちの目に可視化できるものである可能性が低いということだけだ。

生徒の立場に立って大々的に助けられるのは、先生だ。

今回みたいなことが起こらないように教育委員会に警鐘を鳴らすしかない。

 

そんなことより、the brilliant green最高だね。みんな聞いてね

the brilliant green - Tsumetai Hana / 冷たい花 (Live) - YouTube

 

わたぬきくん物語⓵

楽しいことが好き!お話をするのが好き!わたぬきくん。

これはそんな好奇心旺盛なわたぬきくんのおはなしです。

 

お母さんはいつでもニコニコ。怒るとちょっぴり怖いです。

お父さんはいつでも家族思い。頑固だけど根は優しいです。

お姉ちゃんは不器用。でも弟思いの優しい女の子です。

わたぬきくんの自慢のお姉ちゃんでした。

 

そんな暖かい家庭に生まれたわたぬきくん。

でもそんなある日、おかしなことが起こりました。

小学生の頃でした。入学したてのピカピカの一年生。

歩いても苦しい。階段を一段登っただけでも息切れがしました。

胸がゼエゼエします。口からはたまに血のような赤いものが出ます。

「くるしい。くるしいよう。。。」

お母さんに相談しました。

「僕このまま死んじゃうのかな...。」

するとお母さんは言いました。

「お医者さんがみてくれたら、ちちんぷいぷい。なんでも解決!」

お母さんは、わたぬきくんをそっと抱きしめました。

 

ある日学校を休んで、お母さんに連れられて病院に行きました。

そしたらお医者さんは言いました。

「いいかい、わたぬきくん。君は病気なんだ。でも大丈夫!この薬を飲んで、ちゃんと病院に通えばちゃんと治るさ!」

わたぬきくんは病気のことを聞いても全くわかりませんでした。

 

ちゃんとお薬を飲んで、お医者さんの言われた通りに通院しました。

ですが突然に胸が苦しくなる日がありました。

そんな日は学校を休み、家で寝ていました。

「ああ、ぼくもみんなと同じように野球したりサッカーしたりして遊びたいなぁ...」

お母さんお父さんは仕事に行き、お姉ちゃんは学校に行っています。

なんで僕だけ。。。誰もいない家で一人で泣きました。

 

 

つづく

あなたと私

私は昔から、「個性的だね」「キャラが濃いね」って言われることが多かった。

では、自分から見てどうか。

確かに、人よりはよく喋るし、やってもいいこととやってはいけないことの差がわからなかったりした。それは犯罪と関わることではないけれど、デリカシーがなかったりする。でもそれは他人から言われて初めて気づくことで、自分からデリカシー無いなんて思っても見なかったことだ。そう考えてたら多分やらない。

キラキラした言葉が苦手だ。具体的に説明できないことが申し訳ないのだが、なんとなく伝わってほしい。嫌いでは無い、苦手なのだ。文章を書く時に、私は人間性が顕著に現れると思っている。そりゃ、20何年間生きてくれば人それぞれやりたい事だって、その事象に対して感じるものだって、生きてきた環境だって違う。人それぞれに、考え方があっていいと思う。でも私は、キラキラした言葉が苦手で気持ち悪いと思ったりする。そういう文章を見かけた時にはすぐブラウザバックしてしまう。

あるとき、キラキラした言葉を書いた本人に会いたいと思った。これは本気で書いているのか、ビジネスで書いているのか、本心で書いているのか。その文章を書いた人の時代、背景が知りたくなった。私がメールを送るとすぐ返事が返ってきた。急遽会うことになり、池袋で待ち合わせをした。そこで現れたのは、自分より一つ上の女の方だった。美しい女性というよりかは、体育会やってました!っていうような元気な女の方で、華奢な姿を想像して待ち合わせ場所に行った私は少し萎縮した。その後、喫茶店に入って6時間くらいお話をした。お互いの趣味であったり、好きな食べ物であったり、いろんなことを話したが、やはりその人の書く文章が気になったので、色々お伺いした。女性は、嘘はついていないのだという。まぁ、ネット上に誰が見てるかわからない文章を時間をかけて打つ必要も無いか。と、考えても見たのだが、その人の話す言葉だったり、顔つきだったり、仕草だったり、その全てが嘘でないことを証明してくれた。

ネット上では、キラキラした言葉を並べる人がいて私は「それを嘘だ!そんなこと思うはずがない!」と頭ごなしに否定してきたので(その言葉を聞いて頭の片隅に「保存」inputしても「生み出す」outputされることはないだろう)そんな風に考える人が本当に自分の目の前にいるんだなと感じた。考え方が根本的に違うのだろう。その瞬間とても面白くなった。その後会話が弾みいろんなことを話した。とても有意義な時間だった。

 

私の友達は個性的な人ばかりだった。池袋や渋谷に映画を見に行ったり、服を買いに行ったり、ダーツしに行ったり、とグループ6人くらいで遊びに行ったりもする。その瞬間も私は楽しいと感じるが、その人たちの一人と一緒にカフェに行って6時時間話すとなれば、思い出の写真だったり、過去にこんなことがあったねとかこんなやばいことしたねだとか、話せることがあるかもしれないが、そういうった人間性であったり価値観を共有しろと言われたら話せる自信がない。

いつもよく会う友人がいる。その子は女の子で歳が27歳。話をしていて年齢の差を感じたことは無い。その子と旅行に行った時も、行く前もその子を性的な目で見たことはないし、欲情の「よ」の字もない。違う友達に「旅行に行ってくるよ」と話すと、相手は誰なのか、どこに行くのかと問い詰められたので、「相手は女の子で27歳。八丈島に行くよ(東京都南部に浮かぶ比較的大きな島でフェリーで8時間ぐらいかけていく)」というと、相手に気があるのかとかワンチャンやれるのではないかと色々言ってきて、めんどくさかったので、無視をした。が、後々友達の話を聞いて「そうか、付き合ってないと普通女の子と旅行に行くことはないのか」と改めて思った。旅館に着いていつものように他愛もない話をしたり、TVを一緒に見たりするなどして過ごした。ちょうどたまたまエヴァンゲリオンの映画がTVでやっていたので見ていたのだが、TVの後ろ側を通る黒いカサカサとしたものが。。。そうGだ。私はGがとても苦手なので、「うぎゃーーーー!!!」と叫んだがとその子は「え、なんで?立派なGじゃん。どれくらい生きているんだろうね。ここに住んでるのかな」と言い出した。普通は女の子であれば(女性軽視しているわけではない)「え、Gキモい!なんとかくん、殺して!!」みたいなことを言うと思っていた。それが私の友人でどんなに変わっていたとしても、そう言う未知の領域と遭遇した時は、人間の本質が出てくると思ったのだが、全然違った。やはり彼女は強者だった。その瞬間、人間的にその人が好きなんだと思った。LOVEではなくてLIKEの方で。また彼女は色々と数々の名言を作っているので、聞きたい方はどうぞ。

 

人間にとっての普通とはなんたるか。誰かそれを普通と決めているのか。誰か分かる人がいれば教えて欲しい。でもある事象に対してこれはこうであるべきだ!これが普通だ!と考えている人のその裏には、きっと他人とは相いれないものがあるはずに違いない。人間いろんな人がいて、いいと思う。繊細な人、ガサツな人、頭がいい人、頭が悪い人、身長が高い人、身長が低い人、きっとそう言う体質なのだ。それを嫌ったとして頑張って痩せたり、牛乳飲んで身長を高くしようとしたり、いろんなことを頑張ったりする。でも、きっとその本質は変わらない。別に努力するな!頑張ったって無駄だ!と言いたいわけではなくて。いろんなことに悩んでで、もがいて苦しんでる姿はとても人間らしくて私は大好きだ。

 

なんて、とてもかっこいいことを書いた気になっている私だが書きたいことを詰め込んだせいでぐしゃぐしゃな文章になってしまった。でもうまい文章を見たい人は本でも読めばいいですね。私は、文章を書くのが下手なのでそれはそれできっといいのです(開き直っているわけではない)

ウイスキー飲みたいって話

題名とは全く関係はないです。今めっちゃウイスキー飲みたかったんです。すみません

 

ここからは私の大学3年の夏休みの備忘録。

夏休みいろんなことを経験できました。

あまりブログも書く時間はなかったけど、授業受けたり、TOEIC勉強したり、インターン5社(サン◯リー、キ◯ン、◯本生命、サイ◯ーエージェント、味◯素)、自分が話してみたかった人にお会いしたこと(小説家、ジェンダーアルビノ、スナックのママ、会社員(人事)、友達レンタルとか)、沖縄旅行行ったり、結構濃い夏休みでした。

 

インターンでは、優秀な生徒さんがたくさんいたので、自分の中での課題を見つけました。その課題を解決するために、いつまでに、どのように、どうすれば、なりたい自分になれるか逆算して今後動いていくつもりです。

 

あとは、いろんな人とお話しできたことがまーじで楽しかった。私はおしゃべりなので6時間くらい話してた。そして、いろんな価値観を知ることが出来ました。世間の一般論であるこの事象に対してはこうだ!こうであるべきだ!ってのがぶっ壊されました。世界にはホントにいろんな人がいて、その人なりの考え方があって、世界を俯瞰的に観測することができる目を養えました。

これは就活のときでも、今後生きていく上でも、とても必要な考え方であると思います

 

 

ってか、明日から学校で(しかも1限)スーパー死にたいマン。

楽しかった大学三年の夏休みよ、、、あああああああ!!!。゚(゚´ω`゚)゚。